「亀の子束子」が愛される理由
投稿日: 2014/09/16
『つなぐ通信』Vol.7秋号「クールジャパン特集」の
「工場・工房探訪」では、創業明治40年(1907)の
『亀の子束子』を訪ねました。
北区滝野川の本社は、うっかりすると
通り過ぎてしまいそうな、民家のような小さな洋館。
大正11年頃に建築された、
建築ファンにも愛されている建物です。
正面はショールームを兼ねたショップになっており
2007年にはテレビ朝日の『ちい散歩』で
地井武男さんも訪れました。
ふらっと入りたくなる気持ちが、よくわかります。
誌面だけでは伝えきれなかった
亀の子束子西尾商店のお宝や、
タワシの魅力をお伝えします。
私たちが取材に伺った時はドアに鍵がかかっており
よく見たら「12時から1時は昼休み」の木札が。
今どき “昼休み”のあるショップがあるなんて
なんか嬉しくなります。
亀の子束子西尾商店では、
明治からゆったりと時間が流れているようです。
社長室には、歴代の社長の写真とともに
創業者・西尾正左衛門の妻、やすさんの写真が
掲げられています。
亀の子束子が生まれるきっかけをつくった立役者です。
・・・・左から創業者の初代社長・西尾正左衛門翁、
2代目西尾慶太郎氏、3代目西尾康太郎氏、
右端が初代社長の妻・やすさん。
5代目現社長は4代目・西尾松二郎氏の息子の西尾智浩氏・・・・
アイディアマンだった正左衛門は、
棕櫚(しゅろ)を針金で巻いた足拭きマットを考案。
しかし好調な売上だったマットに欠陥が見つかり
大量の返品が来て苦しい生活を強いられてしまいました。
あるとき妻のやすさんが、返品されたマット用の
棕櫚の棒を曲げて掃除をしているのを見て、
ひらめいたといいます。
「亀の子束子1号」の誕生です。
形が亀に似ていることや
亀は長寿で縁起もいいということで
『亀の子束子』と命名されました。
大正4年(1915)7月2日に特許を習得し、
この日は「たわしの日」として、
毎年イベントを開催しています。
・・・最初の亀の子束子は棕櫚で作られました。現在はパームヤシ・・・
それまで「たわし」と呼ばれていたものは、
藁や縄を束ねて棒状にしたもので、棕櫚のタワシとは
雲泥の差があります。
創業時に開発された亀の子束子は、パーフェクトに近く
明治から平成の今日に至るまで100年以上も
同じ名前、同じ形、同じ品質、同じような手づくりで
作り続けている超ロングセラー商品となっています。
・・・・創業時からのタワシの変遷。
大正8年(1919)からは包装したタワシを発売・・・・
・・・・亀の子束子の創業時からのお宝が
社長室に飾られていました・・・・
・・・昔の包装は紙を立体的に折り込んだもの。
もうこのような手間のかかった包装はできなくなりました・・・
・・・・市場に価格の安いタワシが現われても
亀の子束子は低価格競争には巻き込まれずに、
常に「いいものである」ことを訴え続けました・・・・
・・・・当時のポスターのデザインが現在の紙袋に使用されています・・・・
パッケージは創業当時と同じデザインですが、
現在の素材はプラスチック系で後ろが透けた
デザインになっています。
・・・・亀の子束子1号に始まり、3号4号と
大きさにより号数がつけられています・・・・
事業は順調に国内外へと拡大していきます。
しかし、当初は類似品も多く出回り
それと区別するために包装紙に
「亀」の透かしが入れられました。
その名残りが現在のパッケージにもあります。
・・・パッケージに類似品防止の透かしが入って
いることを西尾智浩社長(右)から説明していただき、
驚く『つなぐ通信』デザイナーの辛嶋さん(中)と
カメラマンの貝塚さん(左)・・・
・・・早速パッケージの透かしを
撮ろうとしましたが、意外に四苦八苦!!・・・
・・・・亀の子の透かし見えるかな?(丸いマークの右下)・・・・
新商品も開発されました。
大ヒットとなったのは昭和42年(1967)開発された
靴洗いの『ジャンプ』。
スニーカーを洗うタワシとして「あった、あった!」と
思い出す人も多いはず。
今なお現役ロングセラーですが、これをさらに改良し
側面にかどがついて、狭いところも洗いやすくした
『柄付きたわし極〆(きわめ)』シリーズも開発。
・・・Sカット、Vカットなど、かどのあるカットが特徴の
『柄付きたわし極〆』シリーズ・・・
グラスや茶渋の付いた茶碗などには
針金をねじり込んでツイスト型にして
洗いやすくした『よりどころ』、
昭和59年(1984)にはボディ用のタワシを開発。
かたさや形状により、
開発時の社員の名前が付けられています。
色の白いサイザル麻のタワシは、
色白社員の佐藤さんからのネーミングで
『サトオさん』という具合。
これは4代目社長のアイディアのようです。
“たわし屋”ならではのスポンジ
『スポンジ束子極〆』も開発されました。
研磨素材を張り合わせたものではなく
ややスポンジの目が粗い発泡素材で
張り感と泡切れの良さを出しています。
しかも抗菌作用のある銅イオンを塗装しているため
雑菌を寄せつけず、食器を傷つけず
丈夫でへたらないという優れものです。
この尖った形と、ごしごしできる硬さが
使い勝手がいいのです。
・・・・色の違う部分には、抗菌剤が塗装されている
『スポンジ束子極〆』・・・・
最近のヒットはなんといっても『白いたわし』です。
モダンなキッチンにもマッチするようにと
開発された白いタワシで、
ベーグルのような穴開きの丸い形が特徴。
天然のサイザル麻を使用した、
柔らかく手に吸い付くようなタイプと、
パームヤシの実繊維を過酸化水素水で脱色した
ホワイトパームの2種があります。
安全で環境にも優しい漂白剤を使用しています。
『白いたわし』はテレビで紹介され、
ホームページが炎上してしまったというくらい、
ブレイクしているタワシです。
しかし、作り方が大変難しい職人泣かせのタワシで
量産が難しく、現在販売しているのは、
オンラインショップと、東急ハンズの限られた店舗のみ。
(滝野川の本社ショップでも販売)
亀の子束子の製品には4つの使い方のポイントがあります。
① 張り感と硬さのある「パーム束子」は、「点」で洗います。
繊維の頭の部分で「掻き出す・こすり取る」ので、
ザルなどの汚れ落としに向いています。
②強度と柔軟性をもった「棕櫚束子」は、「腰」で洗います。
これでないとダメという料理人さんも多く、
木のまな板、ホーロー、ステンレスなどに向いています。
③「スポンジ束子」は、「面」で洗います。
お皿などの平らな面が得意です。
④「サイザル麻束子」は、「線」で洗います。
水に浸けるととても柔らかくなるので、
タワシとスポンジのいいとこ取りのような素材です。
・・・2012年の社長就任記念に送られた亀の子束子1号・・・
5代目の西尾智浩さんは、4年前に40代半ばで入社。
ミュージシャンからの転身で、2012年に社長就任という、
驚くような早さの抜擢です。
実は父親の4代目松二郎さんも元ジャズマンで
二人とも音楽の道を歩んでいました。
松二郎さんは26歳で入社しましたが、
兄である3代目社長・康太郎氏の急死により58歳で社長就任。
長男が継いできた亀の子束子西尾商店ですが
ここで軌道がずれて、次男家系に流れてきました。
・・・・亀の子束子1号が、2013年
グッドデザイン・ロングライフデザイン賞を受賞。
もっと早くもらってもいい賞ですが…・・・・
5代目社長は「僕が社長になったのはアクシデント(笑)」
と冗談めかしますが、実はそうではなかったようです。
「音楽の世界も亀の子束子西尾商店の社長業も
業界は違っても、リーダーシップをとり、
大人数をまとめてひとつの目標を達成する
という点では同じ。社員の能力を引き出し、
最後の責任はきちんととるのが
社長のやるべきことだと思ったんです」
と語るように、人を惹き付ける魅力と
リーダーシップを持っている方だからこそ
社長に抜擢されたのではないかと思いました。
・・・エントランスに本社の従業員が勢揃い。
貝塚カメラマンは相変わらずの仕切り上手です!・・・
創業100年以上の歴史を持つ
知名度が高い老舗メーカーですが
従業員数は、本社、和歌山、新潟を入れて
40人足らずといいます。
「誰がどこにいるのかほとんどわかる。
個性がわかりやすいんです(笑)」
地元出身者も多く、
老舗独特のゆったりとしたファミリー感が、
“亀”のように、ゆっくりとこつこつと
百年ブランドを築いてきたのかもしれません。
その精神は創業以来パッケージに書かれている
「一粒選りの品質が最高の価値」を
ひたすらに貫いている“たわし屋”としての
プライドであるのは間違いありません。
・
・
【文・写真:成田典子】