「寺田本家」の発酵する生き方Vol.2
投稿日: 2014/07/05
『つなぐ通信』Vol. 6夏号で取材した
自然酒造元「寺田本家」の第2弾です。
寺田本家の酒造りは、すべてを手で行う
「てのひら造り」です。
氷点下の真冬に素手で冷たい水で洗米し、
蒸し上がったばかりの火傷しそうなくらい熱い米を
素手で素早くほぐします。
機械でやるとずっと早くできますが、
手からは癒しの波動が出ているので
手づくりは美味しくなるのだといいます。
・・・米を蒸す「甑(こしき)」の製作は日本で一軒しかない
大阪の桶屋さんに依頼しています。この甑はまだ新しいですが、
手入れしていくと50年は使えるといいます。素材は吉野杉。
木は断熱効果があるので触ってもほんのり温かい程度・・・
・・・米が蒸し上がると甑(こしき)に引っかけて
桶を置く専用の道具。あとでこの台が活躍します・・・
・・・「マイグルト」には無農薬・無化学肥料の米を使用。
酒米は無農薬米がなかなか手に入らないので、自分たちで
田んぼを作ったり、地元の契約農家さんがつくった
こしひかりなどを使用しています・・・
・・・洗米は井戸水を使用し素手で洗います。
腰を屈めて行う作業は見た目より重労働。
特に冬場の作業は大変です。井戸から汲んだばかりの水は
冷たくありませんが、汲んでおいた水は冷えて
手がかじかむほどです・・・
・・・米が蒸し上がったら「サナ」という
スノコのようなものに広げ素早く冷まします。
サナのような道具もなかなかないので、
自分たちで手づくりしてきました・・・
・・・熱い樽の中に入っている蔵人(くらびと)は上半身はだか・・・
・・・担ぎ手は、肩に樽を担いで走ってきて
素早く「サナ」にあけて、これを何往復も繰り返します・・・
・・・はじめはヘラのようなもので。次に素手で何度も
空気を入れるようにして広げて冷ましていきます・・・
・・・蔵人や優さんの手は微生物の働きで本当にきれいです!・・・
「酒母(しゅぼ)」という、酵母を造る製法は
「生酛仕込み(きもとじこみ)」という
木桶に蒸した米・麹・水を入れて
蔵人が長い櫂棒(かいぼう)で
摺りつぶしていく昔ながらの製法です。
寺田本家では、蔵人が「酛摺り唄(もとすりうた)」を
唄いながら「酛摺り」を行います。
唄うことで、楽しく心をひとつにできることや
時間を計ることができるなどの利点がありますが、
酒蔵に響く心地良い酒造り唄が、微生物を喜ばせ
いい発酵をしてくれると考えているからだといいます。
・・・「酒母室」はまさにお酒の“お母さん”を
つくるところ。柿渋を塗った桶に、蒸し米と水と麹を入れ
「櫂棒(かいぼう)」ですりつぶしていく
「元摺り(もとすり)」という作業を行います。
これで造った酒が「生酛仕込み(きもとじこみ)」です・・・
・・・「元摺り」の作業は冬に行われます。
その時に2人1組で「酛摺り唄」を唄いながら
8名くらいで行います。今回優さんが
1番だけ唄ってくれました。
たった1人ですが、蔵中に響きわたり
ちょっと“トリハダ”もの。
これが8人だと、ものすごい迫力でしょう。
微生物が喜ばないわけがありません。
唄は10番まであり、全部唄うと20〜25分位・・・
寺田本家では、造り手が
「楽しい」「嬉しい」「ありがたい」というような
いい感情で造るといい酒ができると信じています。
夫婦喧嘩をして造ったどぶろくは発酵しないといわれます。
24代目の寺田優さんが目指すのは、
「みんなが楽しく仕事ができる場をつくる」ことです。
「仲良しの場をつくること」が、
いい発酵を促しおいしいお酒を造る秘訣だからです。
・・・「美化蔵」にあった「ありがとうございます」の色紙・・・
・・・こんなお地蔵さまや大黒さまも「美化蔵」にありました・・・
微生物には、善い菌もあれば悪い菌もあります。
しかしそれぞれの菌には“役割”というものがあります。
様々な微生物は仲良くお互いに助け合い、
支え合いながら自分の役割を果たし
燃え尽きて次の微生物にバトンを渡すのだそうです。
微生物の働きで米と水が分解され変化し
美味しい酒が造られます。
違うもの同志が自分の役割をきちんと果たし、
互いに支えながら仲良くやると
いいものが生まれるということを
23代目の寺田啓佐(けいすけ)さんは
微生物に教えてもらいました。
人間も同じだったのです。
それが本来の発酵なのだといいます。
・・・この日仕事をされた蔵人やスタッフたちの記念撮影。
『つなぐ通信』Vol.6の素敵な写真となりました。
貝塚カメラマンの仕切り振りは見事です・・・
微生物はいい発酵をすると腐ることはありません。
“発酵言葉”は「楽しい」「嬉しい」「ありがたい」。
不平、不満、愚痴、文句は“腐敗言葉”。
腐敗言葉を発すると腐敗のスパイラルに巻き込まれ
病気やトラブルにつながっていきます。
発酵言葉を発し、ひとつでも自分がプラス方向に変わると
発酵循環が始動するのだといいます。
・・・6月21日(土)・22日(日)は
寺田優さん、武田鉄矢さん、木村秋則さん、
向谷地生良さんのトークイベントを開催・・・
啓佐さんは、自然というのは、常に変化している。
だから人間もビジネスも「変わり続ける」ことが
大切だと考えました。
340年続いている寺田本家も、
毎年何らかの改善・改革を続けています。
変わり続けているうちに、見えない大きな力が働き
後押ししてくれるのだといいます。
寺田本家は、“本物”の酒を造り始めてから
不況の時代も業績は 右肩上がりです。
・・・寺田本家のあるJR下総神崎駅。
自然の美しい小さなのどかなところです・・・
・・・千葉県香取郡神崎町は人口6千人余りの
千葉県で一番小さな町。「発酵の里」として町おこしを
はじめました・・・
自然酒造りは、原料コストも手間も時間も
機械で行う酒造りの何倍もかかります。
しかも「生酛仕込み」は、蔵に住みついている
いろんな菌が出会って発酵してできるので、
味は微生物の状態次第。
その年により違いが出ることがあり安定しません。
それが「生きている酒」の証しであり
酒造りの面白いところ。
「酒の生命力」が生まれている証しでもあるのです。
手造りで行う寺田本家の酒は、
量をたくさん造れないので品切れもあります。
優さんは、寺田本家の酒造りを
ご理解いただけるお客様に
“本物”の酒を届けたいので、
このやり方は続けて行きたいと話してくれました。
・・・毎年3月に寺田本家と鍋店(なべだな)の
2軒の酒蔵が中心になって行われる
「発酵の里こうざき 酒蔵まつり」には
県内外から5万人が訪れ、人口6千人余りの町が
身動きできないくらい人で溢れます。
(写真:「発酵の里こうざき」ポケットガイドブックより)・・・
・・・寺田本家の敷地では「お蔵フェスタ」が開催。
大人気イベントとなっています(写真:寺田本家提供)・・・
2年前に寺田本家の当主は、23代目の啓佐さんから
24代目の優さんへとバトンタッチされました。
それはまるで自分の役割をやり尽くした微生物が
次の微生物にバトンを渡し
生命が燃え尽きたようにも思えます。
人も微生物もいろんなものが出会って
仲良く楽しく変化し続け、新しいものを生み出す。
そしてバトンを渡しながら発酵し続ける…
これが寺田本家の「発酵する生き方」なのかもしれません。
【文・写真:成田典子】