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【近江取材日記】「林与」奇跡の新人デザイナー(1)

投稿日: 2017/06/30

待ちに待った『つなぐ通信』夏号Vol.16の取材は、
4月20日(木)~23日(日)の3泊4日で行われました。
特集に選んだ地は、
琵琶湖をシンボルとする近江(滋賀県)。
今回も編集長・成田副編集長・首藤
デザイナー・辛嶋の編集部メンバーと、
大社(おおこそ)カメラマンという、
オール女性スタッフです。
米原まで新幹線で行き、
そこからは大社カメラマンが運転する
レンタカーで湖東・湖北を回る、
楽しい取材旅行が始まりました。

行きたいところはいっぱい!
誌面で伝えられなかったこともいっぱい!
随分遅くなりましたが、近江取材日記のスタートです。
まずは、夏号の表紙を飾った一人
愛荘町(あいしょうちょう)の麻織物メーカー
「林与(はやしよ)」の新人デザイナー
斎藤慧理(えり)さんの話から・・・


・・・今年入社のデザイナー斎藤慧理さん。
茅ヶ崎出身。会社のすぐ近くの自宅には
趣味のサーフボードやギターが(写真:大社カメラマン)・・・

「林与」のある近江湖東地域は、
日本を代表する麻織物産地・・・
正確には“麻織物産地だった”ところです。
明治30年(1897)に、近江上布(おうみじょうふ)
織元(おりもと)として創業し、林 与志雄社長は4代目。
ここ数年の「林与」の活躍は
『テキスタイル用語辞典』を出版している
編集長・成田が、素材展などで取材しており、
昨年より近江上布の復活に挑戦していたことや
今年入社した慧理さんの活躍のことも聞いていたので
今回の取材をとても楽しみにしていました。


・・・GWも間もない時期、「林与」の近くを流れる
宇曽(うそ)川の上には鯉のぼりが!・・・


・・・湖東地区の家は、水が上がってくることもあるので
石垣を積んだり、土台を高くした上にあります・・・


・・・「林与」の工場前に、
なにやら不思議なオブジェが・・・

取材日は、4月23日(日)の最終日でしたが、
22日(土)の宿は、林社長や慧理さんのご好意で、
会社のすぐ近くの慧理さんの家に
泊めていただくことになりました。


・・・慧理さんの家から眺めた風景。
こんなのどかなところに「林与」があるんですよ!・・・


・ ・・林社長には本場の近江牛のすき焼きをご馳走になりました。
なんと「すき焼き」は近江が発祥の地で、この辺りでは
ことあるごとにすき焼きを食べるようです。
各家では、それぞれすき焼きの食べ方があり、流儀にうるさい。
もちろんこの日すき焼きを仕切ったのは林社長!!
あまりの美味しさとお腹が空いていたのもあり、
無我夢中で食べ、「あっ写真!」と気がついた時は
もうほとんで残ってない状態。
林社長、本当にごちそうさまでした!!
最高のすき焼きでした・・・



・・・美味しいすき焼きとお酒をたらふくいただいて
年長組が爆睡していたら、どこからか「天使の歌声」が、、、
なんと、慧理さんと大社カメラマンの「真夜中のライブ」が
始まっていたのです!!実は大社カメラマンはバンジョーを演奏し、
バンドを組んでライブ活動もしている
ミュージシャンでもあるのです。
慧理さんの心にしみる歌声に、泣けて泣けて・・・



・・・翌朝は、慧理さんの手作りサンドイッチに
スタッフ大感激!仕事も忙しいのに、スタッフへの
心配りもきちんとできていて、一同すっかり慧理さんファンに!・・・

慧理さんは、今春専門学校を卒業して入社した
デザイナーです。
「林与」では、今まで職人さんを雇用したり
外国人研修生を受け入れてきましたが、
“デザイナー”を採用するのは初めてです。
昨年、2カ月ほどインターンとして「林与」で
仕事体験をし、お互いが気に入り
入社の運びとなりました。

「林与」は、有名ブランドや人気ショップの
生地を作っている、海外でも名が知られている
優れた麻織物メーカーです。
憧れを持って働きたいと希望する
若い方もいたのですが、
林社長は現実の厳しさを実感し、
「地味にコツコツ」が
すべての仕事の基本であることを
よく知っているので、人選には慎重でした。


・・・慧理さんデザインの服・・・

実は「林与」では、ほとんどの核となる作業を、
社長自らが行っているのです。
織りの作業はもちろん、
織りの前の準備(これが織物では大変なのです)、
織機の調整・修理(シャトル織機はこれが不可欠)、
展示会の準備や営業などの対応、
海外出展や輸出入の準備や手続きなど、
これらを林社長一人で行っていることを知った時は
本当に驚きでした。

しかし、これが「日本の麻織物産地」といわれた
今の湖東産地で生き残っている
麻織物メーカーの現状なのです。

ものを作れば売れる時代と違い、
今は、付加価値がないと売れにくい時代です。
小さな麻織物メーカーでは、
人を雇うことが大変で、多くは家内工業です。
ものづくりの方法も、職人的な「分業」で
大量生産する時代とは違い
発想の転換が求められます。
お客様の注文を待ってものづくりをする
「受注生産」だけでは“先”がないのです。


・・・工場には所狭しと織機が置かれています・・・


・・・織機は整備して使うものもあれば、部品調達用に
置いているものもあります。トヨタ、スズキなど
あの大手自動車メーカーの名前も・・・

全体の仕事を把握できて、職人的なこともできて
クリエーティブなこともできて、
ネットやパソコンのこと、海外取引に必要な語学、
展示会でお客様とのコミュニケーションなども出来る・・・

そんな林社長のような、考え方と能力を持つ人材など
果たしているのでしょうか・・・

そういうときに現れたのが慧理さんでした。

「奇跡や幸運がつながって、なんとか仕事も
やれている状態ですが、えりちゃんが来てくれたことも
奇跡か幸運の一つです」
林社長が語るように、慧理さんの能力は高く、
インターンのときに、見よう見まねで
1日でシャトル織機を動かして
残り糸を使ってとてもオシャレな
オリジナルのストールを織り上げてしまいました。
これには林社長も大変驚きました。


・・・たて糸を1本1本つなぐ作業は、おびただしい本数に
気が遠くなるようですが、慣れてしまえば
無意識に手が動くのだとか。
林社長がやり方を教えてくれました・・・



・・・たて糸をつなぐ作業も、難なくこなす
慧理さん。飲み込みが早く、手先も器用なようです・・・

入社してからの3カ月で
シャトル織機、レピア織機、ジャカード織機の
織りだけでなく、たて糸つなぎも、
整経(せいけい)もこなすし、検反もこなします。
こういう守備範囲の広さは、
以前働いていた職人さんや海外研修生とは
全く違うものです。

「えりちゃんは、私が負けてしまいそうなくらい
能力が高く、勢いを持っている子です。
頑張っている私を助けようと、
林与に来てくれたところもあると思います。
けど私は仕事にダメ出ししたり、
厳しくするところもあり・・・
一生懸命やってくれているのに
ちょっとかわいそうなところもあるのですが」


・・・二人は仕事の相性もいいようです(写真:大社カメラマン)・・・

慧理さんは、とても行動力がある方です。
看護師をしているお母さんを尊敬していて
高校卒業後は、自衛隊看護師になろうと入隊。
2年間頑張りましたが、ものづくりに興味を持ち、
その後文化服装学園に入り、
「林与」との出会いがあり、今日に至ります。
アメリカ留学の経験もあり、語学も達者。
パソコンにも強く、コミュニケーション能力も高く、
人に好かれる性格です。
すでに「林与の新人デザイナー」は、
業界でも注目される存在となり、
先輩たちから可愛がられているようです。

「林与」では、お客様からの注文の生地製作、
展示会の出展、新しい商品開発など、
時間がいくらあっても足りない日々が続いています。
忙しいときは休みも無し、残業は当たり前。
「ブラック企業」だ「サービス残業」と
騒いでいる時代とは、ある意味で正反対の毎日です。

しかし、慧理さんは、そういうことも
すべて理解して働いています。
林社長の力になりたいというのはもちろんですが、
「自分のブランドを立ち上げる」という
大きな目標があるからです。

この続きは次回に!!




【文・写真:成田典子】

 

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