つなぐ通信 vol.03 2013秋号
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17TSU NA GU TSUSHIN テレビを見終わらないうちに、トレランの大会に出ると決意写真=貝塚 純一 文=三浦 真紀  トレイルランニング(山野を走る競技)との出会いは、モンブランの大会(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)をテレビで見て。それまでも農業しながら、アドベンチャーレース(山、川、海など自然をフィールドに多種目のアウトドア競技をこなしながらゴールを目指す)には出ていたんです。でも家を建て始めたら夢中になっちゃって、高級なカヤックの本体を売って屋根にしたり。それでもレース好きの血が騒上左/鶏のアマンは周辺を自由に闊歩。上中/敷地の入り口に立てられた看板。上右/薪は地元の造園をする人が持ってきてくれる廃材を、夏の間に貯めておく。この5倍ほどの量で、ひと冬越せる。中/フェアリーカフェ。お客さんの8~9割はここを目指してやってくるライダーたち。月火定休(祝日営業)。平日訪れたいならなるべく予約を。下/パートナーのペースケ(上土井)さんと愛犬メイリン。かつてはカフェ、山羊チーズと畑担当(いつかは復帰を願っている)。右/愛馬のウランと。後ろの白い動物は山羊のユキちゃん。すっぴん、長靴姿が様になるカッコ良さ!取材陣を案内しながら、時折、鎌でささっと雑草刈り。い真剣に家探しをして、その間にいらないものが削ぎ落とされて、自分に何が必要なのかわかった気がします。 東京から移住したいと思ったのは、15くらいの病気になったのがきっかけでした。一番辛かったのは白班症。素顔だとびっくりされちゃうから、お化粧し続けて。精神的にも落ち込みました。ラリーをやる気も失くし、人生を変えたくなった。東京にいた時にも、食べ物や健康にすごく気を遣っていたんですけど、それでも白班になり、一生、背負っていかなければと覚悟して。 ところがここに引っ越したら、すぐに全て治ってしまったんです。散歩していると、道端の草花に目がいって、その元気さからエネルギーをたくさんもらって。このままでいいんだと大きく構えて、お化粧も気にしなくなったら、治ってしまったんです。面白いことに、ここに遊びに来た人は身体の調子がよくなっちゃうの。天気がいいと、富士山がきれいに見えて、それだけでも幸せを感じる。もっと多くの人にこの景色を見てほしくて、2005年にカフェを作りました。 ここでは富士山が神様みたいなものなので、よく「富士さーん、私これしたいんだけどいいかな?」と問いかけます。時には「お前それでいいのか?」って心の声が聞こえてきて、確認させられることも。ある意味、今自由に何でもできるけれど、本当にこれがやりたいのかというと、そうではないかもしれない。これからの人生どう生きていくのか、日々考えます。いだのか、テレビを見終わらないうちに「出る!」と決意。参加資格を得るために、指定された大会を5つ完走し、ポイントを稼いで2010年に出場しました。 トレーニングのために、1日20キロは走りましたね。1日が終わると犬の散歩の前に自転車で走り、夕食を食べた後、また走ります。時には富士登山。朝10時頃に家を出て車で富士宮口へ。1時間半ぐらいで頂上まで登り、1時間で降りる。15時には家に戻ってこられます。そんな感じでシーズン中は5、6回富士山に登って鍛えました。

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