つなぐ通信 vol.06 2014夏号
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11TSU NA GU TSUSHIN 洗米機をやめ、真冬にも米を素手で洗い、蒸し上がったばかりの熱い米を素手でほぐします。すべてを手で行う「てのひら造り」ヘと変えていったのです。手からは癒しの波動が出ているので、美味しくなるのだといいます。「酒造り唄」が響きわたる酒蔵人も微生物も喜ぶ酒造り命の宿った百薬の長の酒を造る微生物の力で発酵は腐らない 寺田本家が現在の「自然酒蔵」に大きく方向転換したのは、23代目当主・寺田啓佐さんの代でした。江戸時代に創業した寺田本家も、戦後の大量生産の時代になると多くの酒蔵の例外に漏れず、醸造用アルコールなどの添加物を加え、早く安くできる「生産性・効率重視」の酒造りをするようになりました。その後、焼酎やワインなどの台頭とともに日本酒離れが進み、日本酒業界は冬の時代を迎えます。寺田本家は経営難に陥り、生活費にも事欠く時期もあったといいます。 病に倒れた啓佐さんは〝生命〞や〝生き方〞も含め「本物の酒造りとは何か」を必死に考え、「微生物の力」に着目。発酵とは〝変化〞すること、変化し続ける限り腐らないことに気がつきました。「百薬の長」といわれる酒は自然の摂理に沿い、天然酵母が発酵してできる「命の宿った酒」。発酵が体のバランスを整えてくれるのです。 啓佐さんは添加物をやめ、微生物の力を借りた昔ながらの酒造りを決意しました。酒造りは米が収穫された10月下旬から始まり、冬に仕込まれます。米は無農薬・無化学肥料のもの。 「酒母(酛ともいう)」という、醸造のための優良な酵母を作る製法も、昔ながらの「生酛仕込み」に辿り着きました。木桶に蒸した米・麹・水を仕込み、蔵人が長い櫂棒で摺り卸していく「酛摺り」と呼ばれる作業です。寺田優さんが、婿入りして酒造りに加わるようになったのは丁度この頃でした。「生酛仕込みは、善い菌も悪い菌もいろんな微生物が影響して造られるので、その時の微生物の状態により酒の味が変わってくるんですね。いい菌が育左・下/米が蒸し上がると甑(こしき)の中に人が入り、素早く米を桶に入れる。それを担ぎ手が走って「サナ」という竹のスノコにあけ、何度も繰り返す。一刻を争うため汗だくで行う迫力のある作業。右/大きな「甑(こしき)」で米を蒸す「蒸米造り(むしまいづくり)」。この日は米の乳酸発酵飲料「マイグルト」製造の蒸米が行われていた。上/「てのひら造り」のため洗米も素手で行う。上・下/蒸し上がった湯気立つ米は麻布が敷かれた「サナ」にあけられる。火傷しそうなくらいに熱い米を固まらないように手のひらで素早く何度もほぐす。ほくほくとした固めの米となる。右/この時期酒の仕込みは終っているが、優さんが「酛摺り(もとすり)唄」を唄ってくれた。「ああ、めでたいな~ああ、ヨイヨイ」通常8人で唄うというが、一人でも蔵中に響き渡る。24代目当主の寺田優さん。1973年生まれ・大阪出身の元動物カメラマン。けいすけしゅぼもときもとじここうじくらびとかいぼうすもとすおろまさる

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