つなぐ通信 vol.01 2013春号(創刊号)
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07TSU NA GU TSUSHIN  陶芸家の菊地勝さんを山梨県の小淵沢に訪ねたのは、まだ雪の残る1月後半でした。今回の取材で楽しみにしていたのは、20年程前に早稲田大学正門前の「池田靴店」でオーダーしたという革の登山靴。 実はこれより2年前に、先輩が履いていた靴に魅せられて、学生の身分としては破格の1足5万円というチロリアンシューズを2足オーダーしました。足形を計っての本格的なオーダーメイドです。靴職人は当時80歳を過ぎていた池田さんただ一人。仕上がりには半年から1年かかるため「今作ってもらわないと二度と手に入らない!」と奮起し、大枚をはたいたといいます。 池田靴店には、年月を経てリペアに出された靴が飴色や黒褐色に輝き、まるで革の仕上がりの見本のようにずらりと並べられていました。「この風合いはすぐには出せないよ。10年、20年履かないとだめだ」というのが池田さんの謳い文句。これを見せつけられるともうたまりません。そういう靴にしたくて、菊地さんは2足のチロリアンシューズを何年も毎日交互に履き続けました。不思議にジーンズにもスーツにも合うのです。靴底も何度も張り替え、生成りだった写真上/釣り用の『Barbour』のオイルドクロスのジャケットは、ショート丈です。手前の魚入れ袋は柿渋を塗った酒袋を使用したもの。疑似餌も菊地さんの手作り。写真下/使い込まれた暖炉用のアルミのバケツもいい味です。 10年程愛用している『Barbour(バブアー)』のオイルドクロスのコート。当初はタウンユースで着ていましたが、現在は、薪割りや散歩用に。洗濯ができないので濡れたタオルで汚れを落とし、時々オイルを塗ります。繕いも傷もありますが、少々手荒にしてもへこたれない“骨太なもの”が好きといいます。10年は愛用しているハリスツイードのジャケット。毎年着ていますがほとんど型くずれはしません。トラッドなものは、オーソドックスですが、奇をてらわない安心感と頼れる感じが性に合っているようです。革は最終的には黒光りの褐色になりました。残念ながら22年前のチロリアンシューズはもう手元にはなく、あるのは20年前に作った登山靴のみ。すでに池田靴店は廃業し「幻の一足」となってしまいました。 菊地さんは、気に入ったものをリペアしながら使い込んでいく暮らしが好きだといいます。見せて頂いたものは手入れをしながら、10年20年愛用し続けているものばかり。繕いも、傷も染みも、自分の歴史の軌跡です。

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